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戻り道(ボツ部分)
カイジが部屋に戻ると、遠藤はそこにはいなかった。 カイジが客を取るようになってからは、基本的にこの個室で接客をするため、遠藤には他の仕事を与えられている……今日はそれが長引いているらしい。 いつも仕事の後は顔を合わせづらいものだが、今日ほど遠藤の不在をありがたく思ったことはない。 合わせづらいどころか、合わせる顔がない。 カイジは浴室へ直行すると、衣服を脱ぎ捨てるのももどかしくシャワーのコックをひねり、頭から熱い湯を浴びる。 強制労働施設のシャワーでも隅々まで水で洗い流したが、それでも足りなかった。 忌まわしい記憶も感覚も、すべて洗い流してしまいたかった。 地下深くの穴倉で、どんどんどんどん薄汚れていく…… 体がどんなに汚されたって、心は変わらないと思っていた。 流されやすい自分でも、この心だけは変わらないと信じていた。だけど、男たちの欲望が体の中で弾けるたび、取り込みたくもないどす黒い何かを、一緒に取り込んでしまっているのかもしれない。 いつか一緒に二人でここを……それが叶わぬことなら、せめて遠藤だけでも……そう思っていたはずだった。 なのに…… 精神的に追い込まれ、出てきた言葉は…… 唐突に幼い頃見た怪奇モノのワンシーンを思い出し、カイジはぞくりと体を震わせる。 海面から突き出す無数の手が、仲間を求めて船をひっくり返そうと揺さぶり、船乗りを引き込もうと絡みつき…… 妄想の産物であるはずの存在が、自分の正体そのもののような感覚に囚われる。 見る間に暗闇に吸い込まれる仲間達がフラッシュバックした。 そう……臆病者と言われようが、怖気づいて引き返すという選択肢が、あの橋ではおそらく唯一の正解だったのだ。それを…… 闇に溶ける佐原のイメージが、遠藤の姿に変わる。カイジはぎゅっと目を瞑り、震える体を押さえ込むように、自分の体をきつく抱きしめた。 ――そんな忌まわしい存在と、あんたは一緒にいちゃいけないっ…… だが、どれだけカイジが懊悩しようが、それすら誰かの娯楽でしかないのだ。 遠藤と部屋を分けてくれと、たとえ泣いて哀願したとて、それが面白いのだと鼻で笑われ、その願いが決して聞き届けられることはない。 カイジは崩れるようにその場に突っ伏し、やるせなさに床に拳をふるいながら声を殺して泣いた。
9月オンリー発行予定の本に総受黙示録で書かせていただいた「迷い道」の続きを書いたんですが、一緒に収録するならこの辺いらないかなぁ?と思いつつ、それでも乗せる方向にしといたものの、レイアウト的に削る方向になり、貧乏性なのでなんとなくもったいなくて、ここに載せてみましたが……まぁ自己満足です。 |